Q.24 Btトウモロコシが、オオカバマダラの幼虫の生育に影響を及ぼす可能性はあるのですか。
質問分類 9.Bt作物の昆虫への影響について
質問 Q.24 Btトウモロコシが、オオカバマダラの幼虫の生育に影響を及ぼす可能性はあるのですか。
回答 【解説】
 Bt植物とは、土壌細菌であるBacillus thuringiensis(枯草菌の近縁種)の殺虫性タンパク質の遺伝子が導入された害虫抵抗性植物です。
 Bacillus thuringiensisが産生するδ竏茶Gンドトキシン(一般にBt毒素と呼ばれる)は、特定の種類の昆虫(チョウやガ、例えば害虫であるヨーロッパアワノメイガ、コナガなど)にだけ殺虫性を示し、それ以外の生物に影響を及ぼすことはありません。Bt毒素は、I. アルカリ性の消化液で、中腸内で完全に消化されず限定分解を受け、毒性をもつ特定のペプチドが残ります。II. 消化管粘膜にあるこの毒性のペプチドの受容体(receptor)と結合して腸管細胞を破壊することにより殺虫性を示します。鱗翅目昆虫などではBt毒素が殺虫性を示すための条件が揃っています。人などこの受容体を持たない動物には毒性はありません。
 昆虫学者であるLoseyらは、このBt毒素を発現する遺伝子を導入したトウモロコシの花粉を人為的に付着させたトウワタの葉で、希少種である蝶(オオカバマダラ)の幼虫を飼育したところ、生育障害が見られたと報告しました。この報告から、Bt植物が非標的昆虫へ影響を及ぼす可能性が懸念されています1),2)

【Answer】
○Btトウモロコシのオオカバマダラの幼虫への影響について
 Bt作物の花粉はBt毒素を作るので、Bt毒素の受容体をもつチョウやガなどの鱗翅目の昆虫とその幼虫が花粉を食べた場合、影響がでます。Btトウモロコシが標的昆虫(害虫)であるアワノメイガと同じ鱗翅目であるオオカバマダラに影響を与えるのは当然予想されることです。一方、トウモロコシの花粉飛散には時間的・空間的な限界があり、コーンベルト地帯とその周辺にいつでも大量に花粉が飛散してオオカバマダラを含む鱗翅目昆虫の幼虫を全滅させることは考えにくいことです。花粉の毒性についても、Loseyの実験データなどから考えるとそれほど強くはないと考えられます。さらに、この研究は実験室内での限定的な結果であることや、Btトウモロコシの花粉の量が自然界での実際の量よりも非常に多かったと考えられること、また花粉の量と幼虫の死亡との定量的なデータが不十分であることを考えると、直ちに生態系への影響を裏付けるものとは言えません。この点については実験実施者のLoseyも認めています。
 また、Btトウモロコシの花粉の飛散時期とオオカバマダラの生育時期が違うことやオオカバマダラの減少は生育適地の減少など他の要因が大きく影響していることも指摘されており、実際の自然生態系におけるBtトウモロコシの花粉の影響はほとんどないのではないかという意見もあります3)

○結論
 この論文の結果は短期的な観察に基づく予備的なものではありますが、遺伝子組換え産物の非標的昆虫への影響を指摘した点では重要です。特にこの例では、オオカバマダラという絶滅危惧種に指定されているチョウに影響が出た点が重要です。以上の点から、米国および日本では以下のような動きがあります。

・米国EPAでは、1999年12月にBtトウモロコシの栽培に関するプロトコル(手続き)とデータの提出を求める"Bt Corn Data Call-In"を発表しています4)。この文書では、Btトウモロコシ栽培地近くのトウワタやオオカバマダラの個体群の分布、トウワタへのBtトウモロコシの花粉飛散量、また、オオカバマダラの幼虫の摂食行動などのデータを収集することを企業に対して求めています。

・日本では、現在、Btトウモロコシの商業栽培は行われていません。しかしながら、農林水産省は今後の安全性確認に備えるため、花粉中でBt毒素を発現するものの安全性評価に係る現状の評価項目に、新たに項目を追加しました5)。新たに追加された項目は、I. Btトウモロコシの花粉中のBt毒素の含まれる量、II. Btトウモロコシの花粉の大きさ・花粉稔性・花粉量・開花時期・期間等の生殖特性です。また、この生殖特性が従来品種の変異の幅を超える場合は、花粉飛散距離及び花粉落下数とこれらの関係、及び環境庁のレッドデータブックに記載された絶滅危惧種・危急種・希少種の鱗翅目昆虫への影響(特に開花時期が従来品種の変異の幅を超える場合のみ)を評価しなければなりません。

 この件について現状のデータのみで議論することは難しいですが、今後、長期的なレビューを行うことにより科学的なリスク評価を進めることが重要であると考えられます。

【参考文献】
1)J. E. Loseyら、Nature, Vol.399, 214, 1999
2)日本農業新聞、1999年5月21日
3)E. Niilerら、Nature Biotechnology, Vol.17, 1154, 1999
4)EPA、「Bt Corn Data Call-In 12/15/99」
(1999年12月15日、http://www.epa.gov/pesticides/biopesticides/otherdocs/bt_dci.htm)
5)農林水産省、「害虫抵抗性遺伝子組換えトウモロコシの安全性確認について」(2000年3月14日、http://ss.s.affrc.go.jp/docs/sentan/intro/press0314bt.htm)
6)佐野浩 監修「遺伝子組換え植物の光と影?」(学会出版センター)